煙がもうもうと焚かれている露店の中にパチもんのTシャツが沢山売っている。
今日のお目当ては某バンドのTシャツであるのだが、実物は高いのでパチもんを探しにここまで来たのだ。
ちなみにパチもんは1000円程度で売っている。本物は4000円程度だ。
この3000円の浮きがあれば、間違いなく数日間飯が食える。きっと大好きな焼き鳥も何個か食えるのだ。
私は貧乏だ。普段はおしぼり工場でおしぼりを固くしぼる仕事をしている。最初はなかなか固くしぼれなかったため、よく先輩に怒られたものだけれど、最近はギュっとしぼる事が出来るようになったので、後輩によくそんなに固くしぼれますね。固い決意の現れのように感じますよ。などと持て囃されている日々である。
そんな私を気に入らない同僚がいるため、バンドTシャツで一つ上のオシャレをして威嚇してやるのだ。
そのために今日は露店にやってきた。
香が焚かれており、物を沢山煮ているため、煙に包まれている。まやかしのようだ。
お目当てのTシャツ屋の前に近寄ると、今まさにTシャツを煮込んでいる最中であった。
「もう少しで煮あがるから待っててね」
露店のおじさんはそう言うと、木の棒で大きな壺のような鍋の中をかき回す。
炎天下の中ぐつぐつと煮え立つ鍋の音を聞いていると、頭がクラクラしてくる。
私は隣の店で、シーセボンというジュースを買い、ごくごくと飲み干すと、そちらの店主にいい飲みっぷりなのでこれもあげると言われて、サワガニを一匹プレゼントされたため、バリバリと食ってみせた。あまり美味しくない。
そうこうしているうちにTシャツが煮え立ったようで、ほらよ! と鍋からそのまま木の棒で取り出したものを投げつけられた。
ビターンと顔に染まりたてのTシャツが叩きつけられ、あつっ! と叫んでいると、周りの人々がワハハと笑っていた。
そして1000円を払い露店をくるくる回ると段々疲れてきたため、家に帰る事にした。
びたびたのTシャツを窓の外に干し、家で紅茶を飲み一服をしていると電話の音がじりじりと鳴った。
「はは。パチもん、か。煮ている所から見ていたよ。」私を憎む同僚からの電話であった。
「見ているとは…ストーカーか!」私は語気を荒げた。
それがなんだと言わんばかりに彼は続ける。
「私のは本物だよ。」
「なにっ!!」
「お前のようなパチもんではないということだ! では!」
受話器を耳から少し離しても聞こえるガチャリという音と共にプープーとむなしく響いている。
なんという事だ。パチもんでは本物に勝てないではないか。
悔しいのでやけ紅茶を煽ってそのまま眠った。
次の日会社に一応着て行くと、彼がやってきた。Tシャツを着てさも勝ち誇った顔をして近寄ってくる。くそう…今日の所は…などと思っていると、何かの違和に気づいた。
「お前、それ…」
「なんだい。これこそが本物だよ。」
「そのバンドのトレードマークはフナじゃないか。でもお前のそれはブナシメジじゃないか。それパチもんではないか?」
「なっ…なにぃ! これがブナシメジのはず…あっ! これはブナシメジだ! フナではなかった! ちくしょう! 友人に3000円で譲ってもらったのに、これはブナシメジじゃないか!」
彼は壁に両手をダーンと打ち付けると、おもむろに泣き出し、語りだした。
「昔から何をやってもお前に勝てないんだ…おしぼりも握力足らずのため若干固くしぼれない…クルミを握って修行をしても、くるみを割る事も出来ない。露店でお前を見かけて、パチもんを買う所を見て、これで勝てる! と思ったのに…」
ブナシメジに涙の玉が落ち、ブナシメジの色合いが深みを増した。
「そんな事ないよ。私だって君には勝てない所があるんだ。その哀愁だよ。ロマンスグレーのごとくの哀愁が私からは出せないんだ。いつも憧れていたよ。」
「お、お前…」
二人で泣きながら抱き合っていると本物のフナのバンドTを来た先輩がやってきて、「なんそれ」と言って去っていった。
おわり