遊園地。行ったことがない。もう35になるのに友達もいないし、女性なんかとは付き合った事もないから遊園地という場所は謎ばかり。
一度位遊園地に行ってみても良いのではないか。自分のような腐った鯛めしのような人間でも行く権利はあるのではないか。そうと決めたら善は急げだ。家で一番高価な魚のプリントがされたジャンパーを羽織り、小走りで家を出た。
各駅電車で8駅先の「花のロンド」という昔からある遊園地へ向かった。
今日は小雨の降る平日のため人が少ない。花のロンドは凄く人気のある遊園地というわけではないので、待ち時間というものは存在しないと思われる。
それでも初めてきた遊園地に、興奮を隠し切れなかった。
「うおー、これがあのテレビでしか見た事がない観覧車か。」
小声で独り言を呟きながら進んでいく。
「ん? ここは何だ? 建物がある。入っちゃってみよう。」
入っちゃってみると、ゲームセンターだった。
「ほうほう…遊園地にはこのようなゲームセンターも。ん、これは昔デパートで見た事あるな。飛び出してくるワニを叩くゲームだ。」
ワニのコーナーを見張っている女性がいるようであった。大人しそうな黒髪の、同じ位の歳の女性か。険しい顔で見張っている。確かに犯罪しそうってたまに言われるけど、実際何も悪い事などしないのに…と思いながらゲームセンターを出た。
売店でアイスクリームを買って、歩きながら食べる。これだけの事だが、凄く新鮮で、楽しく感じる。心がダンパのお立ち台で躍っている感じだ。ダンパ未経験者だが。
「よし、この調子で絶叫に…」
絶叫マシーンの方に向かっていった。
なにぶん一度も乗ったことがないので、いきなり乗るのはかなり不安だった。想像も出来ないような怖さで、ガタガタ震えてちびってしまっておしっこを空から振りまいてしまったらどうしよう…生きて帰ってこれるかな…
とりあえず下から様子を見てみる事にしよう。
絶叫マシーンには「激烈! ウツボカズラ」と書かれている。この「花のロンド」のアトラクションは、どうやら全て植物由来のようだ。
ウツボカズラは虫を食べるからなぁ。そういう意味での恐怖感をじわじわあおっているのかな、などと考えて、落下地点がよく見える場所でアイスの残りのコーンをかじりっていた。
ゴウゴウという音がする。既にマシーンが発車しているみたいだ。ボーっと眺める。
人が少ないので乗っているのは4人程度だ。先頭に一人で乗っているのは女性のようだ。
どんな驚く声を出すかなぁ、「ひゃぁん」とか言うかなぁ、と観察していた。
一番高い地点でマシーンが数秒停止している。こんな風にタメを効かすのか、これは怖そうだなと思いながら最後のコーンのかけらを口にほおりこんだ。
すると、
だんだん
せまってきた。
大口をあけて、歓喜に満ち溢れた顔で、まるで自分目掛けて飛び込んでくるような、歪んでいて綺麗とは言えないがとても純粋そうで素敵な女性の顔が。
「わっ…」
これ、さっきのゲームセンターの女性だ。こんな顔するんだ。凄く楽しそう。凄く可愛らしい。一瞬にして恋の渦に落ちてしまった。
その日は他に何をしてもどこを見ても頭に入らず、そのまま家に帰った。帰る時降りる駅を間違えたが顔はニヤけていたため、子供に「キメー!」と指をさされたりしたが笑っていた。
次の日から彼女の行動を調べる日々が始まった。人はこれをストーキングとおっしゃるかもしれないが、違うんだ。いや、違わないのでそこは否定せず、また遊園地に行き、閉まる時間まで待ち、彼女が出てくるとこそこそと後をつけるのである。
彼女はあまり目立った場所にはいかないようで、買い物をする場所なんかも主にスーパーマーケットや地味なブティック、文房具屋等といった感じであった。私のような木枯らしの如く無口で地味な男性とも気があうのではないかという勘違いを消すことが出来なかった。
このようにしばらく様子を見ていると、彼女がほぼ毎日一定の時間に路地に入ってくのが見えた。
そこが唯一彼女の不思議な行動であったためとても気になり、こっそりと路地を覗いた。
ストーキングではない、覗キングだ。
複数の集団がいて、彼女はその人達と共に円陣を組み、一緒になって手を上げたり下げたりしている。
翌日も翌々日も、彼女はその行動をとっていた。
宗教か何か、怪しげな活動をしている事はわかった。
自分は特定の宗教等を持たないため、少し引っかかりを感じたが、毎日ストーキングや覗キングをする位彼女に夢中なので、まぁいっかと一瞬にして思った。
それからは、その宗教的な集まりに対しても調べてみる事にした。
自分はとにかく機械に疎いし、たまの短期バイトでぎりぎりの生活をしていてお金も無いためインターネット検索等が出来ないので、地道に尾行という手段を使い、足で情報を稼いでいった。一流探偵の気分だ。
すると、ある言葉を会員同士が何回も発している事と、特定のピンク色のおモチのようなものを全員が食べている事がわかった。
おモチは「せんふくもち」というそうだ。路地の近所で大量に販売している店があった。
このような怪しげな会の象徴的食べ物として使われている事を店番のおじいさんは知っているのだろうか、等考えたりもしたが、まぁいいか関係ないし、と家に帰った。
「お口を閉じて〜わらいましょ」
次の日私は遊園地のゲームセンターに行き、調べてあの会の合言葉であるとわかったこのセリフを、女に聞こえるようにかなりわざとらしく3回ほど言ってみた。勇気がいったが、少しでも近づきたかった。
女の表情が明らかに変わり、こちらをチラチラと見ている。
よし! これでお近づきになれる。頑張った自分にご褒美! そう思い、この間の店で買ったせんふくもちをビニールから取り出して、もぐもぐと食べた。
すると女がカツカツとこちらに近づき、私の腕をグイと思い切りひっぱり、奥へとつれていった。
やばい、そんなに効果が!? もしかしてもう好きになってくれたのか!? 告白か!?
心臓がドキドキして、震えて叫びだしそうだった。
二人とも黙っていた。自分に関しては、何を言っていいのかどうしていいかわからなかったからだ。まだ結婚は早いかな…いや年齢的には全然早くないんだけど付き合った期間が。そもそもまだ付き合ってないな実は喋ったこともないし…色々考えてしまい、心の準備が出来ていない。
すると女性が呟きだした。
「小さな口、弱気な声、せんふくもち、合言葉…」
「あなたは我らがサークル「しゃっとゆあまうす」の幻の総帥なのでは!?」
ん!?
別の意味でびっくりしすぎて無言になってしまう。幻の総帥!?
「無口だし…やっぱりそうだわ!」
何か壮大な勘違いをしているようだが、女性が好意的に見てくれているのが嬉しくて嬉しくて、私は目を輝かせて黙ってうなずいた。
するとその日からはじまった。私の天国がはじまった。
女性が毎日家に迎えに来ては、料理を作ってくれたり、色々とお世話をしてくれるようになったのである。
なんという事だ。幸せすぎて死んでしまいそうだ。でもこれって勘違いなんだよな…この勘違い、一生終わらせてなるものか! 死ぬまで幻の総帥のふりをして、共に白髪の生えるまで!!
そのうち他の会員達も自分を崇める様子で、明らかにチヤホヤしてくれるようになった。
これまで人との交流が殆どなかった自分の人生にこれは刺激的すぎて、毎日が余りに幸せすぎて、家で一人になり一日を反芻すると喜びと興奮で涙が出る位だった。不満点と挙げるとすれば、せんふくもちがまずいという事位だ。でもここはうまいと言って食べておかないとと思い、笑顔で毎日食べていた。まぁそれだけの事だ。幸せの方が10億倍でかい。
さてさて、この幸せをもっと持続させるために、もっと総帥らしい事が出来ないかな? うーん、それは…あれだ。お洒落だ。
行った事がないバッグのお店に行き、色々見ていると、ワニのロゴがついているお洒落なバッグがあった。女性はワニのコーナーで働いているし、益々いいだろうという事でこれを買った。
そして次の日、路地裏に行き、見せていないようなポーズで、でも相手に確実に見えるように、うまいことこれみよがしにワニマークの存在をアピールし続けた。
すると一人が気付き、他の二人程をひっぱり路地から出て、なにやらコソコソと話をしている。褒めているのか? 目の前で言ってくれたらいいのに。
するとその三人が自分以外の残りの全員を路地から連れ出し、そのまま帰ってしまった。
そこで、幸せは終わった。
それ以来、女性も一切家に来ることはなくなり、集まりに顔を出しても全員に無視をされ、また自分は居場所を無くした。
もともと勘違いでもてはやされただけで、それを否定せず楽しんでいただけで、こんな事になるのは自分のせいで当たり前だし仕方ない、いつもどおりの自分に戻っただけ…と思っても、悲しくて悲しくてやりきれなかった。
完全無視されて三ヶ月程経過した。
寂しかった。寂しくてたまらないため、寂しさを紛らわすのと、どうしても女性に会いたい気持ちで、つい遊園地へ行ってしまった。みっともない。
色々な交錯する思いを吹っ切るように、初めての絶叫マシーン、「激烈! ウツボカズラ」に乗ってみる事にした。
チケットを買い、階段を上っていくと先頭が空いていたため、そのまま吸い込まれるように先頭に乗った。
ゴウゴウと音をたて、マシーンが動き出した。最初はゆっくり、坂を上に向けてガタンガタンと昇っていく。
てっぺんにつくと5秒ほど止まったが、それが永遠にも感じられ、落ちていく瞬間、ここ数ヶ月の事を思い出し、「わああ」という声と共に涙が溢れた。
全てのコースを走りぬけ、階段を降り、涙もふかずボーっと突っ立っていると、あの女が来た。
来てくれた…来てくれた。会ってくれた。
でも凄く冷たい顔をしている。当たり前だ…
どうしようと思ってとりあえず涙を袖でこすると女が
「元総帥様、これを食べれば元気出るわよ」
と皮肉交じりに言って、せんふくもちを手渡して来た。
また涙が出てきた。
「くそまじぃ」
と思いながら泣きながら食べた。
まじぃ食べ物のまじぃ血で出来ている奴らがウメぇはずねぇと思いながら、でも総帥と知っていた時はあんなに優しくしてくれたじゃないと思いながら、嘘つきの自分にあんなに…。一番まじぃのは自分だと思いながら、まずいせんふくもちを泣きながら食べた。
自分は女からのせんふくもちのおかげで少し素直になった気がしたので、女になぜあのような会に入っているのか尋ねてみた。
「悪しきワニを倒してくれるからよ」
女は強い瞳でそういった。
「貴方はワニのロゴのバッグを持っていたわね。うちの会ではワニは敵なのよ。貴方は知らなかったのね。だから嘘だと気付いたのだけど。
ワニは口がでかいでしょう。不快な大声でよく喋り、嫌な事を吹聴する悪しき人間達の象徴として私たちのサークルではワニを嫌って戦っているのよ。
ワニを叩くゲームのコーナーで働いているのは、人々がワニを叩くのを見るのが楽しくて仕方ないから。」
一言一言かみ締めるような女の言葉は、友達の出来ない自分にはよく理解できる気がしたが、それでも真っ先に浮かんだのは、「そんな事しても…」という言葉。しかしそれをこの女には言ってはいけないのだろうと思い、飲み込んだ。
女もわかっているようで、自分の表情からそう言いたいのは察したようだ。
「わかっててどうにもできないから、こうするしかない。」と言って女性は少し笑った。
自然に自分の口からこう出ていた。
「ジェットコースター一緒に乗ろう。」
乗り終わり、歩きながら女に「落ちる時の顔、大口開けたワニみたいだったよ」と言った。湿っぽい空気を吹き飛ばそうと冗談を言ったつもりだったが、女性が黙ってしまった。
自分はやっぱり冗談のセンスもないなぁと反省していると、女が結構強くバッグで自分の頭を叩いてきた。
「いてっ!なにす…」
そう言いかける間もなく、女は女自身の頭もバッグで思い切り叩いたあと笑ってこう言った。
「これ仕事なんで」
「痛いなぁ」
「痛いわね。
でもちょっとだけスッとするわね。
あんた、これからもここに来て、ジェットコースター乗りなさいよ。叩くから。」
その時、夕焼けの方向に向かって、子供達がワーと走っていった。
「まぁ、じゃあ、明日も来ます。」
そう言うと、心の寂しさが少し消えてゆくのを感じた。
おわり