引き出しの中には乾物が沢山入っている。いつでも引き出しを開けてぽりぽりと食べる為だ。
でも、同居人に見つかりたくない為、引き出しに鍵を掛けてはこっそりと開け、見られないようにぽりぽりと食べている。
なんだかすべてにおいてそんな風なので、どうやらほとんどの人に意地汚いと思われているのはすごい勢いで伝わってくるのだが、実際意地汚いので、これからも意地汚く生きて行こうと決意を新たにする。
今朝はお茶を入れたら茶柱が立った。お、と思ったが、その時の同居人の顔がすごかった。ぷるぷるしているのだ。
茶柱の事をじっと見つめながら、頬にばれない程度に空気を溜めながら、赤ら顔でぷるぷるしているのだ。
ああー、この人くやしいからって念力みたいの使ってるつもりで茶柱倒そうとしてるんだー、というのがバレバレの顔だったので、切なくなった。
茶柱のせいで、まず一つ嫌な事が起きた所で、一日が始まる。
さて、今日も工場で糸巻き棒の形を整える仕事に行かなくてはならないので、それっぽい格好をして家を出ると、道端にたくさんの松茸が生えていた。
もう、松茸だらけだ。なので、臭い。
幸い近所の奴らはまだ気づいていないようだ。この匂いではすぐに奴らは起きてきて、我先にと松茸をもしゃもしゃ食ってしまうに違いない。意地汚い私に、そんな事が許せるはずがない。
だから、シャシャシャーっとそこいら中の松茸を猛スピードで近所の目の確認も怠ることなく一つ残らず刈り取って、ナップザックに詰め込んで、匂いを放出させながら、何事も無かったように工場へと向かった。
家から徒歩12分ばかりの所に工場はある。わりかし近所だ。
しかし面倒くさい。徒歩で許せるのは3分までだ。しかし、このけち臭い私に自転車を買うなどという事が許されるはずはないので、毎日徒歩で向かう。
いつも通勤中大体考えている事は同じだ。メートルのMという字が頭の中で伸びたり縮んだりしているのだ。
しかし今日ばかりは違う。バッグに大量のおマツタケをつめている今日だけは違うのだ。
おマツタケを落とさぬよう、ばれぬよう、盗まれぬよう、最大限の注意を払って、一歩一歩着実に歩く。
あまりに一歩一歩着実に歩きすぎただけに、遅刻をした。あぁ、こんな日に限って遅刻をするなんて。あぁちくしょう。上司の説教が始まる。おマツタケがバレる。
「君、君は仕事が出来ない上に遅刻までするのかい。でしたらうちの会社には君は要らないという事にもなりかねんですよ」
…早く。早く終わってくれ。話など聞いていない。おマツタケだ。今はおマツタケである。
その時…
「ん? 何かにおいが…」
「においですか。きっと上司のにおいですよ。いつもファンタスティックな香水をつけていらっしゃいますもん」ご機嫌をとる。
「いや、香水などつけていない。また適当な事抜かしやがって。君がきてからにおいがプンプンする。君だろう? 君、風呂に入っているのかね、というレベルを超えるにおいの放出量だ。君、お風呂に入っているのかね?」よし、ただの臭さと勘違いしている。
「実は風呂釜が壊れてしまい、お風呂に入っていないのですよ。遅刻したのも、風呂釜をカチンゴチンと直していたからなのですよ」われながらナイスな言い訳だ。
「そうだったのかね…それならば仕方がない。しかし君、夢中になって風呂釜を治していたのはいいが、遅れるなら遅れるで、電話連絡の一本くらい寄こしなさい。では、仕事に向かいなさい。今日もたくさんの糸巻棒を作ってもらわないと、採算が合わなくなってしまうからね。」
「はい、では向かいます」
ほっ…なんとか切り抜けた。話のわかる上司で良かった。そうしてロッカールームへと向かった。
ガチャ…
ロッカールームについた。遅刻したから誰もいない。
このおマツタケをロッカーにさえ入れてしまえば、帰りまではバレる事がないだろう。ロッカーには強力な鍵がかかっていて、臭いなんかももれる事はないのだから。そうすればあの私よりは意地汚くないけどわりかしに意地汚いあの連中から、この大事なおマツタケを守る事が出来る。と、思いながら、ロッカーの鍵を開けた。
パカッ。ドサドサドサ…
漫画ゴラクが300冊程落ちてきた。これは意地汚い私が道端で拾うたびにロッカーにしまっていた結果である。毎日これを落としてはしまいなおす所から一日の仕事が始まる。
このゴラクの奥におマツタケ入りリュックを隠そう。すると、三つ程奥のロッカーの中から声がした。
「臭いですね」
誰ぞ!?
岡山瞬さんだった。背の小さい私よりか少し先輩の仕事が私と同様に出来ない人だ。なので勝手に少し仲間意識を持っている。
しかし意地汚いので、そんな瞬さんにも、このおマツタケはあげたくないのだ。
「瞬さん、居たんですか。おはようございます。」瞬さんも黙ってうなずく。そしてまたこういった。
「それよりも君、この匂いはなんだい?」
私は言った。「瞬さん。私は匂いなどしませんよ。急に鼻に何かの成分が入ったんじゃないですかね? 流行病じゃないでしょうか? すぐに医院に駆け込んだ方がいい。ほら瞬さん急いで下さい。早く!」
瞬さんはおののいた顔をして、すぐに医院に行って来ると言って去っていった。
優しくて素直な瞬さんをだますのは心が痛いが、おマツタケをあげる方が心が痛くなるはずなので、そこはグッとこらえ、ロッカーに鍵をかけ、すぐに支度をして仕事場へ向かう。よし。これで安全だ。
安心した所で、今日も今日とて糸巻き棒を作らねばならない。労働意欲のきわめて薄い私だが、自分が作った糸巻き棒が世に売り出されている時なんかは、さすがに気分が高揚する。
「これは私が作ったんだよ。このカーブに絶妙な特徴があってね」なんて若い女性を口説きたいものだ、なんて思ったりする事もある。
しかし仕事はやはり疲れる。お給金のためでなかったら誰がするものか! などと考えたりもする。この考えは多分意地汚さから来るものではない。至極まっとうな考えではないかと思われる。
しかし世の中には「辛いけれども仕事が楽しい」から仕事をしている人も多分に存在する。しかし特徴が意地汚い、だけの何の取り得も無い自分に、向いている楽しい仕事など存在しないと思われるので、あまり複雑な技術を必要としないこの仕事を10年前からやっているわけだ。
さすがにダメな自分でも、10年も働けばそれなりに仕事はこなせるようになってくる。しかしマンネリな毎日だ。マンネリが嫌いなわけではない。マンネリだなぁって思っただけだ。さて、遅刻しているし考え事はやめ、急いで仕事にかからねば。
ザクッ ザッ ザッ ザッ…
ザザッ ザクザクッ
各々が自分のペースで糸巻き棒をいい形に削る音が重なり合う。
これが仕事している間中の、全ての音だ。
私はこの空間が嫌いではない。個々の削るリズムがずれて重なり合って、飽きる事がない。かといって作業はやはりそれ程楽しいものではない。1つの棒がいい形になったら、次の棒に取り掛かる。何本も何本も。
終わりが見えない。毎日の事だが、やはり気が遠くなる。私なんかは意地汚いので、木屑は何かに使えそうだ、と持ち帰る事もある。今日はやめておこう。おマツタケで手一杯だ。
ザクッ…ザザクッ…
キーン コーン カーン コーン
ふう、やっと昼休みだ。
工場の3階が丸ごとお昼を食べる場所になっている。
横長の机がいくつも並んでいる。みな弁当を持ちより、一斉に食べ始める。中には愛妻弁当なんかを持ってくる人もいる。意地汚い私は、それ程親しくない人の愛妻弁当でも、海苔で作ったハートの部分だけ貰ったりする事がある。それにより「海苔が異常に好きな人」と思われる事に成功したので、最近では勝手に人が海苔をくれたりする。非常に嬉しい。
さして親しい工員もいないが、村八分にされているというわけでもなく、それなりに普通にやっている。
旧型のテレビが高い所に1つ置かれている。そこから「お昼は笑おう! 良い良いGOOD」という国民的番組がいつも流れている。それを見ると私はウンザリする。良い良いGOODの主題歌の最初の三味線が流れるだけで、気分がなぜか萎えてくる。多分、小さな頃からずっと楽しい日も辛い日も耳にしているせいで、なんとなくウンザリするのだろう。
「〜〜今日も〜いい日だね〜。ね? ヨイ♪ヨイ♪グッ!」調子者の工員が必ずそこで立ち上がって大きく指を突き出して「グッ!」っとやる。なんとなく笑いが起きる。みんな元気だなと思う。
水筒に詰めたカツオと煮干のだし汁とごま塩をかけたご飯をゆっくり食べながら、実は誰かの海苔を待っている。
誰もこない。仕方ないのでさっさと食べ終わると、若葉に火をつける。遅れて部屋に入ってくる人がいた。
病院から帰ってきた瞬さんだった。何やら深刻そうな顔をしている。
「ちょっと来てくれませんか?」瞬さんは入り口付近にいたベテランの若林さんに声をかけていた。
ドキリとした。流行病でない事がわかって適当な事を言った私に文句を言いにきたのではないのだ。すると、バレたか!?
とりあえずわざとらしく瞬さんの元へ向かう。
「あ、瞬さんおかえりなさい! 病院の方は…」色々誤魔化すように聞くとさえぎるように瞬さんが言う。
「いや外に出たら匂いが全くしなくなったのでね、変な病気ではないと思い病院には行っていないんだ。それですぐに戻ろうとしたのだけれど、三丁目の佐野内さんのお宅の植え込みが綺麗でね、三時間程見とれてしまったんだよ。…これは班長さん等には内緒にしておくれね?」
…まぁ、とりあえずなんだか少しホッとする。少しのん気な性格の瞬さんで良かった。意地汚い私なら、病院に行っていたらきっと内心診察代がどうのこうのでのた打ち回っていただろうからなぁ…いや、問題はそこではない。若林さんがあきれてこう言う。
「瞬さん、用も無く三時間も仕事外されてはたまらねぇよ…しわ寄せは全部俺達に来るんだぜ? 糸巻き業界だってそんなのん気な状態ではねぇんだから…」
「す、すみません!」瞬さんが言う。これは自分のせいでもあると思ったので私はすかさず「そ、それで瞬さん、病気では無かったのなら、何が問題なのですか? その、何かあったように見えるのですが…」
バレたのならすぐにでも何とかしたい。と私はあせった。
瞬さんが少ししかめたような、変わった顔をして言った。
「うーん、言いにくいのだけれど、流行病は私ではなく、君の方なのかもしれない、と思うのだけど…」
「へ?」
流行病の経緯を全く知らない若林さんはポカンとしたような顔で二人を見ている。
「どういう事なのでしょう? 私はご覧の通り、元気にしていますよ?」正直よくわからない。
瞬さんはまた言いにくそうに顔をしかめて言った。
「とにかく、二人ともロッカールームに来てくれないかい?」
…まずい。そういう事か。
行きたくないので無茶を承知で言ってみる。
「誰も私達の話を聞いていない様子なので、場所は変えなくても平気だと思いますよ。私なら何を言われても平気なので、ここでお話しませんか? ほら、お昼休みもそう長くはないですし…」
あと15分だ。少しでも話して時間を減らそう、という気持ちもあった。
瞬さんは間髪入れずに言った。「君が僕を思いやってくれたように!」
なんだ!? 私の頭はおマツタケ色のまっ茶色パラダイスだぞ!?
瞬さんが続ける。「僕だって大事な仲間の君が流行病ではないかどうか心配なのだよ!」
大きな声にみんなが一斉に振り向く。
まずい、事が大きくなってしまう。
「わかりました。とにかく行きましょう。若林さんはここに…」「若林さんも来て下さい。行けばわかります。」いつもはのん気な瞬さんが、この時ばかりはまるで敏腕探偵のようだ。
若林さんは全くワケがわからないながらも、いつもと違う迫力のある瞬さんに飲まれ、真剣な面持ちで「とにかくみんなが見てるから、急ごう。時間もあまり無いし」と言って、三人はロッカールームへと向かった。
ロッカールームに向かう最中、少しでも時間を引き延ばそうとわざところけてみたりした。が、その不自然なころけ様がますます瞬さんの流行病疑惑に拍車をかけるだけとなり、全く意味を成さなかった。
そしてすぐに一階のロッカールームに着いてしまった。
私の様々な黒くて汚い思惑をよそに、瞬さんが力を込めてドアを開けた。
「いきますよ!」
ガチャッ
「むほぅっ!」
若林さんが奇声に近い声をあげてのけぞった。
私も驚いた。
部屋中から、ありえない程のおマツタケの匂いがボハッと噴出してきたからだ。
頑丈に鍵をかけて匂いがもれるはずのない私のロッカーは、無数の漫画ゴラクと詰めすぎたおマツタケのせいで、ドアの一部が崩壊していた。そのせいで匂いがもれまくっていたのだ。
「どういう事だい瞬さん、これは!」若林さんが目を丸くして声を荒げる。瞬さんは深刻な表情で私に言った。
「君、本当にこれの匂いがわからないのかい? 先ほど君が私に流行病だと言った時も、こんな匂いがしていたよ。この匂いが本当にわからないのだとしたら、鼻づまりや鼻炎といったレベルでは到底ないと思うんだ。専門的な事はわからないけれど、心配なので君こそ医者に行くべきだよ。どうなんだい?」
若林さんが続ける。「え? お前これがわからねぇのか? それは無いだろう!? なんだなんだ? よくわからないが、それは多分いけねぇ事だよ!」
…予想していた通りの困った事になってしまった。この匂いがわからないフリをして病院に行った所で、この匂いが消えるわけでなし、何の解決にも絶対にならない。
瞬さんが少し泣きそうな顔で「どうなんだい!?」と聞いてくる。
「何なんですか! この匂いは! いや、わかりますよ瞬さん。若林さん。この不思議な匂いは何なんでしょうね? さっきは朝だったからか頭がボーっとしていて本当に気がつきませんでしたが、今はハッキリとわかりますよ! これは異様な事ですよ!」
私は必要以上に大きな声で必死に喋っていた。私の薄っぺらい頭はフル回転で、この場をどうしのぐかだけを考えていた。いやだ。おマツタケ、一本たりとも取られたくない。絶対。守る。おマツタケ。
瞬さんは瞬く間に笑顔になった。「なんだ! わかるのか! 心配しすぎてしまったようだよ! 朝は誰だって疲れているものだもの。そういう事だってあるさね! 今わかるなら心配いらないだろうさ!」
なんて心優しい瞬さん。洗濯洗剤等のCMを思い出した。「際立つ白さ!」とはよくいったものだが、今はまさに自分の黒さ際立つ瞬間であった。話の論点が若干ずれている事にホッとしている暇はない。
「瞬さん、本当に心配してくれてありがとうございました。今朝はこの匂いに気づかず、瞬さんを病院に向かわせてしまってすみません。」
「いや、いいんだよ! 君は本気で私を心配してくれた。その事が僕にはとても嬉しくて!」瞬さんの笑顔で、ますます黒さ際立つ。
だがだてに黒いわけではないのでそこは流して私は続けた。
「よかった! 疑惑が晴れましたね!これでもう何も問題無いでしょう! さ、昼休み、後5分! 速く持ち場に戻りましょう! 若林さんも、来てくださってありがとうございました!」明るく、元気良く。
「いやいやいやいや! まてまてまてまて」
…しかしどうやら私の明朗快活な様子は余計に若林さんを混沌とさせたらしい。
「何で俺、呼ばれたの?」
そっちかよ、と思わず口に出そうになったが、内心ナイス若林さんと思った。鳩が豆鉄砲を食らったような顔、とはコレか?
「私と彼だけで匂う、匂わないと言っていてもラチがあかないと思い、第三者の若林さんに検証に来て頂いたのですよ。」今日は名探偵モードの瞬さんがスラスラと答える。
私は時計をチラチラ見ながら「若林さん、そういうわけで、本当に助かりましたよ。何しろ私が病気等では無い事がこんなにもあっさりと証明されたのですから。あ、あと3分だ! 早いところ、持ち場へ戻りましょう!」一刻も早くここから出たい。
「…いやいやいやいや、そうじゃないだろ。何なんだよこの匂いは!」
ギクリ。
やっぱりそうなるよな…でも仕事熱心な若林さんなら、残り時間の件で説き伏せられるだろう。
「何なんでしょうねぇ…たまにありますよね、こういうの。そのうち消えるんじゃないですか? さぁ、仕事仕事」私は必死だ。
若林さんの顔つきが明らかに変形している。まるで変身ロボ的だ。「いやいやいや、たまにねぇよ! こんな匂いたまにあってたまるかよ! この状況で仕事とかじゃねぇだろ! これ、アレだぞ…、ヤバイアレなんじゃねぇのかい?」とりあえずおマツタケとは思われていないようだが、話が変な方向に行っている。でもここは、利用させてもらう。
「そうですよヤバいアレですよ! ガス系ですよ! ヤバイ! 嗅ぐとヤバイですよ! 逃げましょう!」わやわやと騒いでみせた。それがいけなかった。
「すぐに警察に連絡だ!」私の発言が、若林さんの魂に火をつけた。若林さんは電話のある事務室に向かおうとした。瞬さんは何度も嗅いでしまった事もあり、パニック状態でくしゃくしゃの顔になって「ひぃ〜ん!」と叫んでいる。私の脳のファンのようなものは今凄い勢いで回転している。多分カラ回りでカタカタ言ってるのだろうが。
「ダメだ! 行ってはならない若林さん!」
警察など呼ばれたら全て終わりだ。0おマツタケだ。
「なぜだ!?」
凄い形相で若林さんが振り向く。それはそうだ。普通なら連絡しなければいけないだろう。しかし私は全てをかけた。
「警察は今忙しいんです! 今朝見たテレビで犯罪が多く警察があまりに忙しい為呼ばないで欲しいと言ってました!」私は若林さんを馬鹿にしているのか? いや、そうではない。必死なのだ。命。おマツタケ。
「えー!? だとしてもこれはいけねぇだろ! ガスだとしたら広まったら余計に被害が出て、もっと警察に迷惑をかけるんだぞ!? わかっているのか!?」当たり前だが凄い剣幕だ。瞬さんは泣いている。
「わかっています! 全てわかっています! なぜ人間は生きているのかすらももはやわかっている私なのです! だから任せて欲しい! 絶対にみんなは大丈夫! だって私は全てわかっているのだから!」大声で早口で、勢いのまままくし立てた。
若林さんはちょっと気圧されている様子だ。「何そんなわかってんのか? お前さっきこれガスだって言ってたじゃねぇか! 何なんだお前? 何とかする術を知ってるのか?」
私は握りこぶしを上に突き上げて言った。
「私が一人で何とかしますから、お二人はここからはなれて下さい!」
瞬さんが若林さんの服の裾を泣きながら引っ張っている。瞬さんが乙女なら絶対抱きしめたい所だ。しかし振りほどいて若林さんは叫んだ。
「お前一人見殺しにできねぇ! 俺も行く!」
熱い。やっかいだ。おマツタケ。バレる。私もなおも叫んだ。
「大丈夫なんです私はわかってるから犬死はしません! わかってるんです私は大丈夫だって! そして瞬さんと若林さんはここにいると危険だって事もわかってるんですよ!」力の限り。
若林さんは完全に混乱している。「わからねぇよ! あ、まて! 行くな! 行くな!」
「若林さんは来ないで!」
私はロッカールームに突進して、内側からドアを閉めた。
外から若林さんがあけろ! あけろ! とドンドンしてくる。早くなとかしなければ…力の強い若林さんはドアを壊して入ってくるかもしれない。警察に連絡するかもしれない。早く…早く!
とりあえず私は壊れたロッカーの鍵をあけて、完全に開け放った。
ドサドサドサバサーーー!
いつにもまして凄い音だ。長年使っているリュックに詰め込みすぎた上に本で圧迫されたせいか、薄い布がはじけてバラバラバラーとけたたましい音と友におマツタケとゴラクが一斉に落ちてきた。
「おいなんだその音はー! あけろ! あけろ!」ドンドンドン! ドンドンドン!
「大丈夫です! わかってるんで! 問題無しの音です!」私も叫ぶ。
「あけておくれね君ぃ!」震える声で瞬さんも叫ぶ。
「いや問題無しです! むしろいい音です!」ガサガサガサガサ。おマツタケをかき集める。
「ガサガサいっとる! なにしとんじゃー! いいから開けろやーーーー!」
ドガーーーーン! 若林さんが力の限りドアをキックしてきた。
ドガーン!
ドガーン!
ドガーン!
ドガーン!
バキャッ
「開いた!」
開けたと同時に若林さんが入ってきた。
「…あれ? くさくねぇぞ!?」
「おい、お前無事か!?」若林さんが少し距離を置いて問いかけてくる。
「…」
「お、おい、何とか言えよ…」相当困惑している。
「…」私は無言で首を大きく縦に振る。
「…おい、何だその頬…めちゃくちゃ膨らんでるぞ!?」
私はすぐに反対側を向き、ドアを蹴られている間に全て口と胃の中に放り込んだおマツタケを、必死で租借していた。
そして、両手を高く上げ、ダブルピースをして見せた。いろんな意味を込めたピースだ。
「何とかしてくれたのか? 何かわからないけどわかっていたというのは本当だったんだな? 何とかしてくれたんだな!?」少しホッとしたような様子の若林さんと、何が何だか解らずういーういーと泣く瞬さん。
私は無言でダブルピースを上下させている間に、大事なおマツタケを全て租借し終わった。
そして、ゆっくり振り返り、こう言った。
「全て終わりました。説明は、出来ません。ただ、説明しておいてほしいんです。」
若林さんは再び困惑した様子で「説明出来ないのに説明? 何がだよ? 何を言ってるんだ?」
意地汚い私は、精一杯の笑顔でこう答えた。
「昼休みが終えても仕事に戻れなかった経緯を班長に、です。私のした事は説明できませんが、私が会社の害悪と戦い、みんなの命を救いました。その為に大好きな糸巻き棒製作の時間を割いてしまったという顛末を、説明しておいて欲しいのです。要するに、この時間の給料の天引きは御免こうむるのです。」
瞬さんは感動して泣いていた。
若林さんは言った。
「お前そんな仕事熱心だったかや?」
私は満面の笑みでこう言った。
「募金よりは好きです!」
若林さんは笑いながら言った。「そういえばお前、凄く意地汚いもんな。でもたまには募金もせえよ! 金は回りモンだからよ!」といってガハハハと笑った。
瞬さんも泣きながら笑った。
三人は笑っていた。
私は今回の事で1つ大きすぎる事を学んだ。これはみんな知っておくべきだと思う。人生において大事な事だ。
「生で大量におマツタケを食べるとマズいし気持ち悪いしいい事は無い」という事だ。
現に仕事に戻ってから吐き気が凄くておなかの調子が物凄く悪い。意地汚いのでせっかく食べたおマツタケを吐き出したくない。だが吐き出さないと医療費が凄くかかりそうだ。
意地汚いので迷っている。
終わり